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Vol.4
アイルランドにおける天下分け目の戦い、ボインの戦い
ボイン渓谷一帯はニューグレンジなど多数の古代遺跡以外にも、かつて天下分け目の合戦が繰り広げられた古戦場として知られています。アイルランドの歴史上、これほど有名な戦いはないと言われるボインの戦いです。
17世紀半ば、英国宗教改革をなしとげたクロムウェルの軍隊が、カトリック征伐の為にアイルランドに侵入、カトリック教徒を弾圧し、英国からプロテスタントを入植させるなど強硬手段を講じます。そこから約半世紀が過ぎ、英国に王政復古がもたらされ、カトリックであるジェームズ2世が即位したのもつかの間、名誉革命でフランスへ追放、そのジェームズ2世に荷担したのが、アイルランドのカトリック教徒でした。
1689年3月、南部都市コークに近い港町キンセールから上陸したジェームズ2世は、フランス王ルイ14世から与えられた軍隊と共に北上を続けます。迎え撃つは北アイルランドから上陸したオレンジ公ウィリアム3世率いる英国・オランダ連合軍。そして、ドロヘダから6キロ程西にあるこの地、ボイン川をはさんで1690年7月、決戦が繰り広げられたのでした。戦に長け、数の上でも優勢だったウィリアム3世の軍が勝利し、破れたジェームズ2世は再びフランスへ亡命、アイルランドはウィリアム3世の討伐をうけ降伏しました。
この敗戦によりアイルランドにおけるプロテスタント支配が決定的なものとなったのでした。宗教は日本人にはとかく馴染みの薄い話題ですが、アイルランドは人口の9割以上がカトリック、それに対し英国はプロテスタント。当時この宗教の違いがアイルランドを支配下に置こうとする英国の政治的背景と絡み合い、両国間にのちのちまで暗い影を落とす確執の原因となったといえるでしょう。
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